ジンユー雑誌インタビュー翻訳①
ジンユーが受けたインタビューの短めのムービー内容を翻訳させていただきました!
橘子娱乐というチャンネルの「新青年」より。
動画URL:
https://twitter.com/Jan_ish/status/960377189936988161?s=19
※後日、友人がこの翻訳を実際にムービーに付けてくれるそうなので、またそちらもお知らせさせてください( ´ ▽ ` )ノイェア
☆Twitterにあげたものを加筆修正しています。2018/3/17
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日本語訳:
※メイクをしながら…
スタッフ「座って撮るよ」
瑜「今回は座って撮るの?よかった…」
瑜「ちょっと押せば大丈夫」
昔はモデルをやっていたからな、色んな現場を走り回ってたんだ。
例えば、同じ日に上海で3つ面接がある。それぞれ上海の異なる3つの角っ子で、距離が離れてる。だから間に合わせるために満員電車でぎゅうぎゅう詰めになったり、スケートボードに乗ったりしてた。
昔上海で住んでた家は寮みたいなので、分かるかな、ああいう古くからの家で、5,6階建の。
しかも冬は暖房がない。
(だから)電気毛布を買って、
冬は家に帰ると、電気毛布に倒れ込んで、1歩も動かなかった。
スタイリスト:どれ付ける?(時計)
瑜:冬だから本革にしよう、冷たすぎるからね。
これ上の(保護用の)シート剥がしてもいい?
スタッフ:それは剥がしちゃダメ。目立たないから大丈夫
指輪…
瑜:この指につけるときつくて、でも小指だとゆるゆるだ。
スタッフ:付けなくてもいいよ
瑜:これ(金額)高いの?
スタッフ:高いよ
瑜:高いならつける
スタッフ:(笑)そっか、じゃあいこう笑
当時の金銭感覚は、必要不可欠、っていう感じかな。
(お金に)すべてを頼らざるを得ないし、
乞食みたいにどこかのレストランで棄てられた残り物を貪るわけにもいかないでしょ(笑)
どうしたって衛生的なな食べ物が必要だよね笑
もうどれくらいラーメンを食べたかわからないよ。
上海って、どこもかしこも「吉祥ワンタン」とか、蘭州ラーメンがあるだろ。何年もずっと食べてた。
(※安い料理店です!貧乏だったということですね)
若かったし、体力があったからかな。冬は薄いセーター1枚に薄い綿のコート1枚しか着てなくて。
そうやってどうにか冬を越してきた。
あの頃は特に毎日自分の体に気を回したり、寒いとかそういの何も考えてなかったんだと思う。
毎日毎日、どうやったらここ(上海)にいられるかばかり考えてた。
住む場所も、お金も尽きかけてたし、仕事も見つからないし。
そういう時もあった。
あの時はなにか理解してたわけではなかったけど、ただ分かってたのは、絶対にここに居続けようってこと。
挫折は免れないことだよ。他の人となにか大きく違うっていうことはないし、人と比べて経験が多いとか、辛い経験がどうのとか、そういうんじゃないんだ。そんな(測り方)のは存在しない。
ただの、普通の1人の東北の男子、北の男子が大きくなって、成長してきた過程なんだ。
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#すちん解説 #jingyu
努力家で、決めきってて、全力で頑張ってきたからチャンスを掴めて、それで今があるんだよね。異郷でよく頑張ったな…わたしも絶対全力で取り組もう。ジンユー、本当にありがとう(;Д;)(;Д;)❤
※全体的にところどころ東北の言い回しがあってとても親近感がわきます♡